
日本のスタートアップ・エコシステムは、この数年で大きく拡充してきました。
資金調達手段、補助金、制度金融、支援施策。
表面的には、これ以上ないほど「揃っている」ようにも見えます。
それでもなお、多くの日本のスタートアップが、グローバル市場に踏み出せていない。あるいは、踏み出したものの、どこかで立ち止まってしまう。
この違和感を、経営の現場にいる方ほど、強く感じているのではないでしょうか。
問題は、日本に制度がないことではありません。
むしろ、「どの前提で事業を設計し、どの世界で戦おうとしているのか」という、創業初期の判断が曖昧なまま進んでしまっていることにあります。
30年前に信じていたこと、そして現実

約30年前、私はハーバード大学のベンチャー教育の教科書『ベンチャー創造の理論と戦略(New Venture Creation)』を日本語に翻訳しました。
※ 本書『ベンチャー創造の理論と戦略(New Venture Creation)』は現在は絶版ですが、Amazonにて書籍情報および中古本の流通状況を確認できます。
→ Amazon掲載ページ(参考)ベンチャー創造の理論と戦略
当時の私は、日本にも「挑戦と失敗、そして再起」が自然に循環するスタートアップ文化が根づくと、本気で信じていました。
しかしその後、日本は「失われた30年」と呼ばれる長い停滞期に入り、スタートアップにとって最初の失敗が、しばしば最後の失敗になってしまう現実を目の当たりにすることになります。
私自身も、創業、挑戦、失敗、再起を繰り返す中で、後になって気づいたことがあります。
多くの失敗は、途中の努力不足ではありませんでした。
創業初期の「前提」や「判断」に小さなズレがあり、それを成長への期待で覆い隠したまま進んでしまったこと。
その代償は、時間が経つほど、そして努力すればするほど、大きくなっていきました。
だから私は「スタートアップ・クワドラント」に立ち戻る

多くの失敗は、実行力や努力不足から生まれるわけではありません。
事業の成長パス、資本の使い方、リスクの取り方──
それらが最初にどの前提で選ばれたかによって、事業のその後に大きく影響します。
私はその構造を整理するために、スタートアップ・クワドラントというシンプルなフレームワークに立ち戻りました。
これはスタートアップを評価するための図ではありません。「自分たちは、どの世界で戦おうとしているのか」を明確にするための地図です。
各クワドラントで「最初に決めるべきこと」
① シード期または小規模なスタートアップ(低成長 × 低資本)
このクワドラントでは、コントロール性と柔軟性が最も重要になります。
- 自己資金・独立採算
- 創業融資
- 小さく、再現性のある実行
最大のリスクは「停滞」です。
明確な成長ビジョンや戦略を持たないまま小さく留まり続けること。準備と期待が噛み合わなくなった瞬間、事業は不安定になります。
KANAI&COの事例
日本での法人設立から6か月以内に、創業融資500万円と小規模事業者持続化補助金250万円を活用し、PoC(概念実証)を実施したARプラットフォーム系スタートアップ。
② 中規模から大規模な中小企業(中~高成長 × 中資本)
このクワドラントでは、持続的な拡大と安定性が軸になります。
- 創業者資金
- 日本政策金融公庫(JFC)の融資
- 銀行融資・制度金融
重要なのは「成長するかどうか」ではなく、「どのように成長するか」です。
この場合、事業計画書では実行可能性と資金回収の道筋が重視されます。
KANAI&COの事例
中小企業向け融資4,800万円と新事業進出補助金4,000万円を活用し、事業拡大を行ったスタートアップ・エコシステム関連事業。
③ ユニコーン・IPO志向スタートアップ(高成長 × 高資本)
このクワドラントでは、創業当初から急成長を前提に設計する必要があります。
- エンジェル投資・VC資金
- スケールを前提としたビジネスモデル
- 成長とリスクを説明できるチームとストーリー
事業計画書は、単なる資金調達資料ではありません。スピードとリスクを管理するための設計図です。
KANAI&COの事例
日本での事業展開支援に加え、シードステージで3,000万円の資金調達を実現したITインフラ系スタートアップおよび事業承継向けM&Aプラットフォーム。(いずれもグローバル・アクセラレータープログラム修了企業)
④ M&A志向スタートアップ(中成長 × 高資本)
IPOだけが、合理的な出口とは限りません。
ただし、M&Aを出口とする場合は、創業初期からの意図的な設計が不可欠です。
誰に、どんな価値を、どのように引き継ぐのか。後から考えるには、あまりにも遅いのです。
日本では、中小企業オーナーの高齢化により、数百万社が事業承継の対象になっています。M&Aの機会は、スタートアップやオープンイノベーションを求める大企業にも広がっています。
例: 最大1,000万円の事業承継・M&A補助金を、M&Aアドバイザリーや投資に活用することが可能です。
クワドラントを混同すると、何が起きるのか
最も多い失敗は、異なるクワドラントの前提を混ぜてしまうことです。
- VC的な成長期待 × 非VC型の資金構造
- SME向け融資 × ユニコーン前提の計画
- 小規模事業 × 早すぎる拡張
初期には目立ちません。しかし時間が経つほど、修正は困難になります。私はこのパターンを、100社を超えるスタートアップで見てきました。
日本はいま、明らかに別のフェーズに入りつつある
日本のスタートアップは遅れている。そう批判されることは少なくありません。
しかし、2022年以降の岸田政権によるスタートアップ育成計画を経て、エコシステムは確実に変わり始めています。
- 保証や個人保証を前提としない制度金融
- 数十億円規模にまで拡大した補助金
- ストックオプションを含む規制改革
- 外国人創業者向けスタートアップビザ
30年前には不可能だったことが、いま、現実的な選択肢になりつつあります。
外国人経営者が、日本からグローバルユニコーンを生み出すこと。あるいは、自分に合ったクワドラントで、持続的に成長すること・・・
どちらも、正しい選択肢です。
結論|なぜ、今インバウンドなのか
では、なぜKANAI&COは、今「インバウンド・スタートアップ」の支援に力を入れているのか。
理由は明確です。
日本のスタートアップ・エコシステムが強化されるにつれ、日本市場に挑戦する海外スタートアップは確実に増えています。
そして彼らが直面している壁は、日本のスタートアップが海外で直面する壁と驚くほどよく似ているからです。
- 制度が分からない。
- 前提が共有されない。
- どの資本が適切か判断できない。
これは、鏡の両面です。
私たちは、インバウンド・スタートアップを支援することで、日本の制度やエコシステムを「外から見たときに何が難しいのか」を、現場で学び続けています。
そしてその知見は、必ず日本のスタートアップのグローバル展開に還元できる。
日本のスタートアップとの連携が進めば進むほど、「どこで判断を誤りやすいのか」「何を最初に決めるべきなのか」が、より立体的に見えてくるはずです。
KANAI&COは、インバウンドの成功を起点に、日本のスタートアップのアウトバウンドを支援する流れをつくりたいと考えています。
そのための第一歩が、「最初の戦い方」を見直すことなのです。
この一連の取り組みと、その途中で見えてくる知見は、ニューズレターで継続的に共有していきます。
インバウンドの日本展開に関心のある方、グローバル展開を考えるスタートアップの方、そして、次の一手を考える投資家の方は、ぜひ登録してこの後の配信を見届けてください。
この先につながるもの
もし、この記事の中にいま直面している状況と重なる部分があれば、私たちは、具体的な事例、意思決定のフレームワーク、そして実行に至るまでの道筋を、ニューズレターを通じて共有しています。
あなたのご参加をお待ちしています。
Japan Market Entry Intelligence – 日本とグローバルをつなぐ、スタートアップの実践と戦略
補足|『ベンチャー創造の理論と戦略』について
本記事で言及している『ベンチャー創造の理論と戦略(New Venture Creation)』は、起業家教育の分野で世界的に評価されてきた教科書です。出版後、日本においても多くの大学のベンチャー起業の教科書となりました。初版は1970年代に Jeffry A. Timmons 教授によって執筆され、その後、複数回の改訂を経て、後期の版では Babson College 総長を務めた Stephen Spinelli 氏との共著となりました。
Timmons 教授は、ハーバード大学で博士号を取得後、Babson College において起業教育の体系化に大きく貢献した人物です。2008年に逝去した後も、本書の思想とフレームワークは Spinelli 氏らによって引き継がれ、現在も英語圏では改訂版が読み継がれています。
日本語版はすでに絶版となっていますが、本記事で扱う「スタートアップ・クワドラント」や「創業初期の前提設計」という考え方は、当時から一貫して示されてきた本質的な問いを、現代の日本とグローバル環境に照らして再整理したものです。
